人間と同様、動物も高齢化してきているのですがそれに付随して腫瘍という病変の出現率が高くなってきて
います。
どんな生き物も細胞が寄り集まって形成されているわけで誕生したときの細胞がずっと存在するわけではなく
日々生まれ変わって世代交代をしています。
高齢になってくればくる程この世代交代の回数は多くなってくるのですがこの世代交代のときに道を外れて
しまう細胞が現れてくることがあります。つまり細胞内の核の中のDNAの配列に変化が生じ、今までの正常な
細胞ではない細胞が生まれてしまうということです。
そして異常な細胞のまま増殖していく、というのが腫瘍の始まりです。
この増殖具合が速く、発生部位の本来の機能を障害してしまったり転移して離れたところにも腫瘍を作って
しまうという性格をもったのが悪性といわれているものです。
なぜ腫瘍ができてしまうのかというとなるとスパッと一つ答えが出るというものではありません。
空気中の汚染物質、日光、放射線、怪我、ホルモン、ウイルスなど発がん性をもつ因子というものは数多くあれど
同じ環境の中でも腫瘍が出ない子もいるわけでなかなか未然に防ぐということは困難です。
悲しいことですが、いうなれば出るべくして出てしまったということに近いのかもしれません。
一般に腫瘍となると体の表面に何かボコッと隆起してきたなどという異常に気がついて来院されるケースが
多いかと思います。
あるいはここのところ一般状態が悪いとの事で来院されて検査や触診などで目には見えないお腹の中や胸の中、
鼻の奥など体の表面が変形することのない場所に出来物が発見されることもあります。
確かに皮膚がボコッと出ていれば異常ですがここで腫瘍と言い切るにはまだ早いです。
そもそもこれが腫瘍なのかそうでないのか(膿が溜まっていたり血のかたまりや脂肪のかたまり、あるいは
場所によってはヘルニアの場合だってあります)、そして腫瘍であるならば今度はそれが良性のものであるのか
悪性のものであるのかといったことを判断するには細胞レベルでの観察(病理検査)が必要になってきます。
つまり出来物ができている位置、大きさ、柔らかさ色調などでは腫瘍であるかどうかの判断は難しいのです。
では病理検査をするとなるとどのような方法があるのか。
まずは比較的手軽に行えるもので「針生検」というのがあります。
これは注射針を出来物に刺し、注射器で吸引することにより針の中に細胞を入れようとするものです。
顔やお腹の奥の方の出来物の場合は無理ですが体の表面などの出来物については無麻酔で行える可能性が
高いです。但し細い針の中の細胞だけに関しての診断になるので判断精度が鈍る場合もあります。
その他の病理検査としては直径5mm程のクッキーの型のような器具で出来物に穴をあけてその組織を
くり抜いたり、あとは手術を行って出来物そのものを摘出してそれを検査に出すという方法があります。
これらは針よりは組織の量が多いので(摘出した場合は出来物そのものなので)判断精度としては高いと
いえるでしょう。
しかし麻酔下での処置というのが必須になってきます。
はじめにお話ししたように腫瘍ができてくるとなるとそれなりに高齢になった子の場合も多いため、麻酔自体の
リスクも高くなってくることもあります。
ましてや腫瘍によって体調が崩れてきてしまっている場合などはなおさらです。
ですので腫瘍の診断は重要ですが出来物の場所、性状、そして本人の体調の具合などを十分考慮した上で行う
必要があります。
病理検査にて悪性の腫瘍(癌)と判断されたらその後は様々な選択肢があります。
摘出してしまった方が予後がいいのであれば勿論摘出してしまった方が良いでしょう。勿論ここでも麻酔の
リスクは考慮します。
ただ腫瘍も様々な種類とそれぞれで成長度合いがあります。ものによっては周りの組織に複雑に癒着していたり
び漫性に浸透している感じだったりとなるとなかなか完全に摘出するというのは不可能になってきます。
やはり「抗がん剤」や放射線療法というのも頭に入れていかなければならない選択肢の一つであり効果としては
高く、とても重要な位置にあるといえます。
抗がん剤などは飼い主さんとしては副作用がどうしても心配になると思います。
たしかに抗がん剤は諸刃の剣であり腫瘍細胞の抑制をしてくれる反面、骨髄抑制などにより免疫を低下させ
副作用が出てきてしまうこともあります。
しかし血液の状態(白血球は下がっていないかなど)を随時モニタリングしながら抗がん剤治療は行っていき
ます。どうしても副作用が強く出てしまう子では別の抗がん剤プログラムが可能であればそちらに変更しますが
中止せざるを得ない場合もあります。
また免疫療法などの治療法も開発されているところですがまだ一般的なものになってきていないのが現状です。
これは生体の免疫機構を利用したものなので副作用を気にすることがなく、非常に今後が期待されるところで
あります。
あるいは飼い主さんの希望もあって対症療法にとどまり、サプリなどで対処しながら様子をみていくという
ケースもあります。
腫瘍のみつかった子の飼い主さんは葛藤に苛まれることが多いです。
ごく初期にみつかって摘出が容易である場合はいいのですが、やはりいつもと様子が違うとなって受診して
腫瘍が発見された場合ですと腫瘍もある程度浸潤しているとか転移がみとめられたとかあるいは一部破けて
しまっているなどの状態になっていることも少なくないのです。
そうなると高齢で一般状態も悪くなってきているなか、麻酔をかけて手術や副作用のリスクを背負って
抗がん剤を使用するとなると心配で悩んでしまうのも無理はないと思います。
ただ腫瘍によっては痛みがひどくなっていくとか破けて血液がどんどん失われていくとか消化管にできた
ものでは食べ物を受け付けなくなるとかそういうリスクも考えなければなりません。
いかに動物の気分が楽でいられるのかが大事ですがもどかしいことに本人はしゃべることができません。
こうなると長年付き添ってきた飼い主さんの意向というのは最優先したいところです。
獣医師は病気に対する説明と対策の紹介など提案はできますが治療の強要はできません。飼い主さんと
相談し、希望をなるだけ優先して治療法を選択していきたいとは思っております。
つまりどのような選択肢をとっても正解、不正解というものはないんだと思います。
腫瘍はできないことに越したことはないですが、どの子にも起こりうることです。実際闘病生活を送っている
子も沢山います。
動物は生きることに正直で生きられるうちは精一杯生きます。これは人間が見習わなくてはいけないと思う
ところです。
長々と書いてしまいましたが腫瘍のイメージがつかみやすくなっていただければ幸いです。
2013年 10月
※上記は当院の方針であり、他院と異なる場合があります。ご了承下さい。